1)南北戦争の南軍の英雄であるロバート・リー将軍の銅像を撤去する件で、米国が揺れている。この8月12日には、撤去に反対する人たち(白人至上主義者だと言われている)とその反対勢力との間で衝突が起き、死傷者をだした。
トランプ大統領はツイッターで「偉大なるわが国の歴史と文化が、美しい彫像や記念碑の撤去によって引き裂かれるのを見るのは悲しい」と発言。更に15日、シャーロッツビル(バージニア州)の事件は白人至上主義者と反対派の「双方」に責任があると発言して批判を浴びている。
トランプ大統領は17日夜(日本時間)更に書き込んだ。「歴史は変えられないが、そこから学ぶことができる。ロバート・リー、ストーンウォール・ジャクソン、次はだれだ。ワシントンやジェファーソンか? 本当に下らない。(筆者の訳)」(補足1)
トランプ批判の理由は、白人至上主義を徹底批判しないのはおかしいということである。 その背景には、南北戦争の目的=奴隷解放=人種差別主義の克服、という単純な理解がある。つまり、この騒動の原因のには、南北戦争に対する解釈が米国民の間で十分共有されていないことがあると思う。
現在の通説では、南北戦争は綿花を作り自由貿易主義を主張した南部と産業成熟を目指し保護貿易主義を主張した北部の戦いであった。リンカーンが突然、戦争目的に『奴隷解放』を置いて宣伝したため、南部を応援する欧州エリート層は戦意を萎縮させ、北軍の勝利となった。つまり、奴隷解放はリンカーンが利用した“錦の御旗”にすぎない。つまり、上記の単純な南北戦争の目的=人種差別主義の克服という理解は成立しない。(補足2)
確かにリー将軍が戦った相手は、奴隷廃止を旗頭にした北軍であった。そして、嘗て黒人を奴隷として持ち、それを米国は廃止した。内戦の中で奴隷廃止が片方の旗頭になった歴史を持つ。その歴史を経て、現在のアメリカが存在する。国家を一人の人間に置き換えれば、今回の騒動が如何に馬鹿馬鹿しいかがわかる。善悪の堺で揺れた男が、心の葛藤を経て善を選んだ。その当時の悪の方向に揺れた自分の思い出を全て捨て去ることが正しいのか?
現在のアメリカは、当時の南北アメリカを引き継いで存在している。歴史は紆余曲折を経て今日の世界につながっていると思う。その曲がりくねりは解釈する者によって千差万別であるので、その歴史と文化を独自に裁くことはしてはならないと思う。つまり、当時の視点から離れて歴史上の事件や人物を現在の視点から評価するのは全くの間違いである。(補足3)
像の撤去に反対してデモを行ったのが、白人至上主義者だったので、リー将軍が白人至上主義の象徴になってしまったようだ。そこで、人種差別に反対する人が集まって衝突したのである。2日程前のツイッターで、トランプ大統領は両方を批判したのは、歴史を簡単に現在の視点で勝手に裁くなという意味だと思う。
南北戦争を奴隷解放の戦争と考えるのは間違いであるにも拘らず、両方のグループが、南北戦争の南軍の英雄であるリー将軍の像が、現在この時空で奴隷制度賛成をとなえている様に錯覚しているのではないだろうか。
2)この件に関して外務省主任分析官だった、作家の佐藤優氏はこの時の白人至上主義者の行動(デモ)に反対しないトランプ大統領を非難している。https://www.youtube.com/watch?v=pUIrj-RWtGo (8:40以降)
このラジオ番組では、先ず事件の概要が東京新聞の記事から引用して以下のように紹介されている。
「トランプ米国大統領は17日、南北戦争で奴隷制存続を主張した南軍兵士らの記念像などを撤去する動きが各地で広がっている現状につき、ツイッターに偉大な我が国の歴史と文化が引き咲かれるのを見るのは悲しいと書き込んだ。更に、歴史はかえられないがそこから学ぶ事ができると主張し、南軍司令官のリー将軍などの記念像撤去を例示し、次は誰か、初代大統領ワシントンか、本当に馬鹿げていると批判している」。
この紹介には、リンカーンの戦術であった「奴隷解放の旗を掲げること」をそのまま、南北戦争の目的ととらえる誤解(多分作為的)がある。
この紹介に基いて、歴史的建造物の破壊を主張するグループとそれに反対するグループの衝突を、衝突した二つのグループの特徴から、白人至上主義者とそれに反対するグループとの衝突と捉え、白人至上主義者の方を非難しないのはおかしいと言っているのである。これは論理的に破綻していることを補足に示す。(補足4)
南北戦争の理解や今回の衝突に関するトランプ大統領の指摘は、恐らく米国の知識層には常識的だろうし、博識の佐藤優氏も理解しないはずはない。しかし、佐藤氏は「トランプ氏が大統領にになって、アメリカで克服されたはずの人種差別主義が吹き出し始めている」と言ってトランプ批判をしている。更に佐藤氏は、聞き手との対話で、ロシアとイスラエルは白人の国だから、トランプ大統領は親和的であると言って、トランプ大統領を白人至上主義者と乱暴に決めつけている。
3)南軍のリー将軍の銅像が現在まで存在したのは、それなりに偉大な人だと考える人がかなりいたのだろう。その銅像をこの時期に撤去することを決めたのは何故なのか。それは、おそらく上記のような騒動を起こすことや、それに対するトランプ大統領の態度を予想して、トランプ氏を大統領の座から引きずり下ろそうとする一派の企みの可能性が高い。 それをそのまま認める佐藤氏の言動には、その一派と同じ政治的な意図を持っているのだろう。
トランプ大統領の指摘は、「奴隷制度は歴史的事実であり、ワシントンは奴隷を使役する大農場をもっていた。その理由でワシントンの銅像を破壊するのは愚かなことだ」という極めて常識的なことである。歴史的な記念物の撤去は、慎重にやるべきであり、現在の政治に影響しないようにするのが鉄則だろう。
佐藤氏は、米国は人種主義を克服した筈だというが、そんな筈はない。何故、今でも丸腰の黒人青年が白人警官に射殺されるのか? そして、その警察官が重罪に問われることは殆ど無いのは何故なのか? 米国は異る人種が混ざって住み、時々人種間の憎しみが事件として現れる。しかし、米国民はそれを克服して、全体としてまとまろうと努力している。
人種差別主義との戦いは、世界の人間が共有する問題でもある。そして、今後も人類はそれと戦い続けなければならない。それは異なる人種が存在する限り、永遠の戦いである。その戦うという気持ちの共有が大事なのであり、人種主義の象徴を破壊することが大事なのではない。
「人種差別主義との戦い」を安易に政治利用することは、慎むべきだ。
補足:
1)ワシントンやジェファーソンが出てきたのは、それなりにエピソードがあるからである。つまり、米国の初代大統領のワシントンは、大農場で大勢の奴隷を所有していた。3代大統領のジェファーソンは、政治姿勢は奴隷制に反対だったが大勢の奴隷を所有していた。そのほか、微妙な話があるようだ。
2)元々奴隷の少ない北部が、命をかけて南部の奴隷を解放するために戦争を行ったというのは、民主党的美談ではある。
3)イスラム過激派が、占領地の異教の歴史的建造物を破壊するのは従って間違いである。
4)交通法規の厳格化を主張する人たちとそれに反対する人たちが衝突したとする。前者が老人たちであり、後者が若者達であったとした時、その本来の問題を捨て去って、「どこそこで、老人と若者の衝突があり、けが人がでました」と報道しているようなものである。だからといって、そこで敬老精神のない若者を非難しない安倍総理はおかしいと、流石の佐藤さんも言い出す筈はないだろう。
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