注目の投稿

人類史の本流は中華秩序なのか、それとも西欧型秩序なのか

1)米国が露呈させた中国共産党政権の真の姿と日本の課題   日本が抱えている最重要な課題は、コロナ問題や拉致問題等ではなく、表題の問に対して明確な答えと姿勢を持つことである。短期的な経済的利益に囚われないで、現在が世界の歴史の方向が決定される時なのかどうかを考えるべきである。...

2019年1月4日金曜日

ポストモダンの政治について:伊藤貫氏の話から学んだこと

チャンネル桜の水島聡氏が伊藤貫氏を招待し、伊藤氏の世界情勢と日本についての解説を聴く番組を作った。https://www.youtube.com/watch?v=0bwlpoETjxQ&t=5069s 伊藤氏の分析には非常に説得力があり、多くの方に推薦したいと思う。ただ、時間が1時間少しであり、現代文明論から世界政治への話の転換が、完全に理解できたと言い切る自信はない。

そこで、前半部分に限って自分自身の考えをまとめ、伊藤貫氏の話を引用しながら書き進める。話の後半部分については、後日別の記事にする予定である。

1)近代までの歴史:
現在、世界は冷戦後米国一極体制から多極化或いは米中の二極化の世界に移行しつつある。その移行がスムースに行く筈はなく、混乱の始まりのような昨今である。この歴史的な大転換の時代を一言で形容すれば、20世紀に最高潮となった「近代」が終わり、政治も所謂ポストモダンの時代になったということになる。番組では、そこまでの経緯が簡単に紹介されている。

中世の束縛の時代から、ルネッサンス、18世紀の啓蒙主義、19世紀の産業革命からベンサムの功利主義、そして、科学技術の進歩と物質的利益を追求する時代になる。そして政治的には、市民革命から主権国家体制が出来上がる。それが、近代の始まりと成立である。近代の成熟と共産主義運動などが近代の崩壊が世界で不均一に進んだのが20世紀後半である。

近代の成熟と崩壊は、アメリカが中心舞台である。その中心を成すアメリカ主義とは、物質主義、マテリアリズム崇拝が中心である。そこでは、自然科学、技術、金が中心価値を持ち、その追求競争に勝ったアメリカは世界一強力な国となり、経済、軍事、技術で世界を制覇するようになる。(補足1)

その物質主義の風潮の中で、19世紀の中頃から庶民レベルでも神を信じなくなる。人類は、神聖なものや崇高なものを失い、マテリアリズムに対抗するものがなくなった。神や崇高なものがなくなった時、自分自身の利益を最大化するのが賢明だという風に、経済モデルで合理化される。ネオクラシカルエコノミーである。(日本語サイトには無いが、英語には説明があったので一応示しておく。https://en.wikipedia.org/wiki/Neoclassical_economics)

その近代主義下での経済発展は、米国の世界支配で最高潮に達した。自分自身の利益を優先するのが合理的なら、そして経済発展でマスコミやインターネットなどで発言の方法と声の大きさが大きくなったなら、多くの“自分自身”が別々に利益を追い求めて衝突するのは自然である。それと同時に、神や崇高な思想が根底にある理想論が力を失うことで、ポストモダンの主張が出現した。

2)ポストモダンの始まり:
支配層の本音と建前の乖離が明らかになった時、 その修正圧力として個々の事情に配慮すべきだというマイノリティーの主張が強くなる。そして、アイデンティティー・ポリティックスの時代に入る。その結果、 “人類の価値”は共通の基準を持たなくなり、多くのマイノリティーの価値に分断されることになる。

世界はマジョリティーを失い、異なるマイノリティーの集合となる。マイノリティーの内部では言葉は通じるものの、異なったマイノリティーの間では言葉が通じなくなる。それはポストモダンへの入り口であるが、混乱した世界の始まりとも言える。(補足2)

現在、世界は様々な発展段階にある国々で構成されている。ポストモダンの入り口に入った欧米民主主義国家と、中世への逆戻りのようなアジアの強国、更には未だに中世のような他の国もある。

経済の発展は、文明の進展をもたらした様にも見えるが、人は文化を失いかけている。伊藤氏は、「文化は三代かけないと本物とならない」というT。S。エリオットの言葉を紹介して、現代が文化的に非常に貧しくなっていると指摘する。その原因を指摘したのはドイツ文学を大学で専攻した司会役の水島総氏である。世界経済の変遷(進歩)のスピードが速く、そして人の移動も大きく速くなり、「現代」は文化が本物となる時間的余裕を無くしたからである。

経済学には、その人間の文化に対する配慮は全くなく、世界的経済競争の中に追い落とされた現代人から文化的側面をそぎ取ることになった。経済学とは恐ろしい学問だと伊藤氏は最後の部分で言う。(補足3)

3)米国の近代からポストモダンへの移行:
伊藤貫氏によると、近代の二枚舌政治を象徴するのが、第三代米国大統領のジェファーソンの政治である。人は生まれながらに平等で自由であると謳うアメリカ独立宣言を起草する一方、彼は多くの奴隷を持ち、性奴隷とした黒人女性に新たに奴隷となる子供を産ませた。

つまり、近代は、理想主義を掲げる一方で、現実主義の実践によって可能になったのであり、それは欺瞞の産物である。伊藤氏は更に、同様の政治家であると第28代ウィルソン大統領を紹介した。偉大な米国覇権は、その二枚舌により作られ維持されてきたのだ。

しかし、それが行き詰まって来たのが現代であり、それにより始まったのが、アイデンティティー・ポリティックスという分裂混乱の政治である。社会的弱者が、自分の立場(アイデンティティー)を明らかにし、その少数者の利益を政治に反映しようという活動として始まった。

伊藤氏の話には無かったが、その多くのアイデンティティーを主張するなかで、巨大な力を持ったマイノリティーが存在する。それがユダヤ民族を中心とした米国経済の支配層である。

マイノリティーの権利を主張する方法で、世界を牛耳ったと豪語したのが、あのブレジンスキー元補佐官(カーター政権)である。(補足4)マイノリティーが成長して、マジョリティーになることを目指したが、それは成功しそうにないというのが、昨今の混乱が示している。ポストモダンから、新しい高性能な近代に戻ることを目指したともとれるが、そうではないだろう。

単なるエゴイスティックな支配を目論んだと思う。それも、上述のようにこれ迄さんざん利用したマスコミに代わって、インターネットの時代には、二枚舌もブレジンスキーらの目指した世界支配も暴露されるからである。それをブレジンスキーはカナダでの講演で嘆いている。「昨今、政治を知る大衆が増加した。その百万人を説得するよりも、殺す方がはるかに簡単である」と言ったのである。http://threechords.blog134.fc2.com/blog-entry-1705.html

この一連の企みは、人権思想とマイノリティーの権利保護を連結した主張を武器に、グローバル経済から政治のグローバル化を目指し、最終的に世界平和とグローバル社会の構築を目指したと主張されるだろう。しかしそれは理想論であり二枚舌のうち、前にでている部分である。現実論としては、グローバル経済とその支配による自己の利益の最大化を目指したに過ぎない。上記のブレジンスキーの言葉は、その利己主義を証明したのである。

別の表現で同じ内容を繰り返す。それは上記崇高な理想論にしては、十分に緻密な論理で組み立てられた戦略ではなかった。米国の力を利用した、国際共産主義革命や政治経済のグローバル化は、単に国際資本に利益を流し込む壮大な利己主義に過ぎなかったのだろう。

そして、世界は混乱の時代に入る。それを議論すると、終末論になるかもしれない。既に紹介した伊藤貫氏と水島聡氏との会談の最後近くで伊藤貫氏が言った言葉、「経済は恐ろしい学問です」に対する以下のようなコメントを投稿した。それをそのままここに再録する。

「経済学は恐ろしい学問です。その同じ論理で、自然科学や医学、工学も同じように、恐ろしい学問です。要するに、一定の優秀な知能をもっていても専門家にしかなれないほどに、専門的学問が進んでしまうと、人間文明におけるバベルの塔の話の再現になります。それが文明の崩壊という現象でしょう。

「言葉が通じなくなった」と伊藤さんがおっしゃるポストモダンも同じ現象でしょう。つまり、人間には一定のローソクしか与えられて居ないのだが、それを使い切ってしまえば、暗闇の中に投げ込まれるのだと思います。ある意味で終末論はただしいのでしょう。」

(以上は、私的メモとしてアップロードします。批判等歓迎します。)

補足:

1)纏まった歴史と呼べるほどの独自の歴史を持たない米国が、近代の舞台になったことが人類の不幸だった可能性が高い。米国は、伊藤貫氏が言うように、「文化に貧しい現代」を作り上げた主役である。その米国を牛耳ったのが、国家をもたないユダヤ民族だったとすれば、この記事の後半にあるブレジンスキー氏(カーター政権時の安全保障担当補佐官)の言葉が理解できるだろう。

2)移民を入れて、日本をアメリカ化する企みは、日本を混乱に導く陰謀である。チャネル桜の水島社長には、もっと早くその運動を開始してほしかった。

3)人間の限られた能力は、学問を細分化する道を強要する。それは、「人類を群盲象を撫でる」状態に導くことになる。伊藤貫氏は「経済学は恐ろしい学問です」と言ったが、全ての学問は恐ろしいのだ。医学も恐ろしい学問であることが、最近明らかになりつつある。物理学が恐ろしい学問であることは既にほとんどが理解しているはずだが、「基礎学問支援が大事だ」と繰り返すのが、恐ろしい学問の信奉者たちの筆頭に位置する愚かなN賞受賞者たちである。

4)馬渕睦夫氏がこのことを自身のブログ的動画で明らかにした。https://www.youtube.com/watch?v=Z85BnnOPmZ4&t=412s なお、上記馬渕氏の動画を紹介した記事もできれば参照してほしい。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43792629.html

0 件のコメント:

コメントを投稿